k-nakama:

旧林愛作邸…。

元・帝国ホテルの支配人、林愛作は、
ホテルの新館を建築するために、
巨匠フランク・ロイド・ライトを、
日本に連れてきた人です…。

この帝国ホテルの建築は、
いろいろと有名なドラマがある、
大変な難工事だったようです…。

工事費は膨らみ、
工期は遅れに遅れる中、
最後までライトを庇い続けたという林愛作は、
ライトの建築の、
日本における最大の理解者だった、
ということなのかもしれません…。

そして、
この林愛作邸も、勿論、
ライトによる設計なのだそうです…。

日本に、ほんの数件しか存在しない、
ライトの建築ということになります…。

また、
北米大陸以外では、日本にしか、
ライトの作品は存在しない、ということらしいので、
林とライトの歴史的なドラマ性だけではなく、
その希少性から言っても、
立派な文化財という感じがしてしまいます…。

そんなわけで、
現在、私有地のため、立ち入り禁止で、
見学が出来ないような状態になっていますが、
将来いつの日か、
キレイに整備をして、
誰でも観られるようにしてもらいたいものだ、
と思いました…。

何と言っても、
人類共有の財産ですから…。

といったような言い訳をしつつ、
門の外からのぞき込んで、
なかば隠し撮り的に撮った写真…。

確かに、
ライト風の庇が見える…。
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k-nakama:

旧山口文象自邸…。

山口文象は、
1930年、激動のヨーロッパに渡り、
バウハウスの創始者、
グロピウスのアトリエで働き、
当時の、近代建築の動向を見聞して、帰国…、
その後、
最先端の近代建築で、活躍した…、
という人なのですが、
その一方で、
大工の棟梁の家に生まれた、
ということが影響しているのでしょうか、
個人住宅等では、
木造の、和風建築も数多く、つくっているようです…。

この自邸は、
そうした、和洋両面が感じられるような、
ちょっと不思議な雰囲気…。

道路側の軒が、非常に低く抑えられているせいか、
敷地いっぱいに建った、小さな家に見えますが、
実は、
この裏手には、かなり大きな中庭があって、
その周囲に、度重なる増改築を行うことで、
現在のような姿になったようです…。

つまり、
一度で完成させてしまうのではなく、
時間をかけて、
いろいろと、試行錯誤を繰り返したために、
持っていた二つの方向性が、
両方とも出てきて、溶け合い、
結果として、
和洋両面が感じられるような、
不思議な感じになった、
ということなのかもしれません…。

この人が抱えていた、二つの方向性が、
両方とも出ていて、それらが溶け合っている…。
まさに、
「この人らしい家」、
と言っていいのかもしれませんね…。
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k-nakama:

旧銀座アパートメント(奥野ビル)…。

関東大震災復興期の、
先進的な鉄筋コンクリート造集合住宅で有名な、
「同潤会」の、
建築部長だった、
川元良一の設計だそうです…。

そして、
1932年(昭和7年)に出来た、
このアパート自体、
店舗や共同浴場、洗濯場等々を完備した、
きわめて先進的な、
高級アパートだったのだそうです…。

それにしても、今となっては、
この「古さ」がすごい…。

新築では、どうやっても、
この重さ、この厚みは、出ません…。

周囲に建つ、銀座の新しい建物が、
薄っぺらく見えました…。
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人間はどうやって「社会的存在」になるのでしょうか? 端的に申し上げますと、物心がついた時に「安心」しているかどうかで全てが決まります。この「安心」は昨今にメディア上で濫用されている「安心」という言葉が指すそれとは次元が違うものです。自分がこれから申し上げようとしているのは「人間が生きる力の源」とでも表現すべきものです。 乳幼児期に両親もしくはそれに相当する養育者に適切に世話をされれば、子供は「安心」を持つことができます。例えば子供が転んで泣いたとします。母親はすぐに子供に駆け寄って「痛いの痛いの飛んで行けーっ!」と言って子供を慰めながら、すりむいた膝の手当をしてあげます。すると子供はその不快感が「痛い」と表現するものだと理解できます。これが「感情の共有」です。子供は「痛い」という言葉の意味を理解できて初めて母親から「転んだら痛いから走らないようにしなさい」と注意された意味が理解できます。そして「注意を守ろう」と考えるようになります。これが「規範の共有」です。さらに注意を守れば実際に転びません。「痛い」という不快感を回避できます。これで規範に従った対価に「安心」を得ることができます。さらに「痛い」という不快感を母親が取り除いてくれたことにより、子供は被保護感を持ち「安心」をさらに得ることができます。この「感情を共有しているから規範を共有でき、規範を共有でき、規範に従った対価として『安心』を得る」というリサイクルの積み重ねがしつけです。このしつけを経て、子供の心の中に「社会的存在」となる基礎ができ上がります。 またこの過程で「保護者の内在化」という現象が起こります。子供の心の中に両親が常に存在するという現象です。すると子供は両親がいなくても不安になりませんから、1人で学校にも行けるようになりますし、両親に見られているような気がして、両親が見てなくても規範を守るようになります。このプロセスの基本になる親子の関係は「愛着関係」と呼ばれます。 この両親から与えられて来た感情と規範を「果たして正しかったのか?」と自問自答し、様々な心理的再検討を行うのが思春期です。自己の定義づけや立ち位置に納得できた時にアイデンティティが確立され成人となり「社会的存在」として完成します。 このプロセスが上手く行かなかった人間が「生ける屍」です。

mayoshima:

tastefullyoffensive:

People Having Fun With Statues (Part 1) [via]

Previously: Funny Sandwich Board Signs

。゚(゚^∀^゚)゚。ギャーハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハ !!
バカすぎる...

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私がコンサルタントだった頃、ある商社に訪問した。社長は営業出身、威勢がよく、いかにも人好きのしそうな人物であった。ただし、内部の営業マンたちはそう感じてはいなかったようだ。

内部の営業マンたちはこう言った。

「成果を出さない奴は、社員ではないのですよ。成果を出してはじめて、堂々とものが言える。社長はいつも、そう言っています。」

なるほど。そうかもしれない。

「成果を出せていない人は、どうなるんですか?」

「黙って、成果を出している人の言うことを聞け、って言われています。」

社内を見渡すと、成績No1の社員が表彰されている。壁には営業成績が個人別に貼りだしてあり、競争心を煽るように「No1社員のコメント」を見ることができるようになっている。

だがこの会社の業績は伸びていた。3年連続最高益の更新、社員もついに100人の大台を突破し、破竹の勢いであった。



8年後、私は同じ会社に訪問した。ずいぶんとご無沙汰していたのだが、彼らは快く私を迎えてくれた。

しかし、業績はここ4年ほど芳しくない状態であった。社員も130人前後を行ったり来たり。減りもしなければ増えもしない状態だ。社員の方いわく、「リーマン・ショック」からケチがつき始め、相次ぐ得意先からの値下げ要求と、在庫過剰で利益が出にくくなっている、という話であった。

「あの、No1社員の方はどうしましたか?」と聞いてみた。

「業績が下がったら、すぐに辞めてしまいましたよ。あの頃の社員はもう30人程度しか残っていないです。」

「なるほど、皆様苦労されて会社を立て直したんですね。」

「そうなんです。リーマン・ショック後は大変でした。すぐに影響はなかったんですが、半年後くらいからじわじわと業績に影響が出て、一時はどうなることかと思いました。」

「どうやって危機を乗り切ったんですか?」

「8年前にはほとんど売れていなかった新商品がじわじわ売れ行きを伸ばして、今では商品構成がすっかり入れ替わりました。あの頃と違って、大量に物が出るわけではないんですが、単価が高いのでフォローが大変です。」

「フォロー?」

「はい。今はどちらかと言えば商品を納品したあと、コンサルティングのようなことをしてお金を頂いているんです。」

「壁に貼ってあった成績表が無くなりましたね」

「そうです。評価基準も大きく変わったので、あの頃の営業スタイルを好む人達が殆ど辞めてしまいました」



「成果を出している社員」と言うのは、本質的には「今の会社の事業、商品」がその人の能力とマッチしているというだけの話だ。注意しなければならないのは、それは「絶対的なものではない」という点にある。
今どんなに成果を出している人も、商品が変われば能力を発揮できなくなるかもしれない。今どんなにダメな人でも、事業が変われば能力を発揮するかもしれない。営業としてはからきしダメでも、プログラマ、デザイナーとしては有能かもしれない。

もちろん、成果を出していない人を、成果を出している人と同等に扱うのは間違っている。それは「成果」を重視しない風土をつくりだす。

しかし、「成果」を出している人は「今私は運がよいだけだ」と考えなくてはならない。実際そうなのだから。

Reblogged from Tumblr自己中心派
朝日新聞に掲載された『従軍慰安婦』という語を含む記事の件数
  年   件数   出来事  
1985(S60)  3 ソ連にゴルバチョフ書記長登場
1986(S61)  3
1987(S62)  2
1988(S63)  4
1989(H01)  6 ベルリンの壁崩壊
1990(H02)  8
1991(H03) 110 ソ連崩壊 吉田清治の手記が朝日新聞に掲載される
1992(H04) 622 韓国で反日慰安婦ドラマ(視聴率58.4%)
1993(H05) 350 河野談話
1994(H06) 296 村山談話
1995(H07) 384 アジア女性基金設立
1996(H08) 450 全ての教科書に慰安婦問題が記載される
1997(H09) 375 吉田清治の嘘が確定
1998(H10) 76
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年表を見れば分かるように
慰安婦問題はソ連崩壊(冷戦終了)と同時進行で起こっている

冷戦時代の韓国の国是は「反共」であった
反共スローガンと軍部独裁によって韓国の統治体制が維持されていた

しかし冷戦終了によって「反共」のスローガンが使えなくなってしまった
そこで考え出されたのが慰安婦問題である
民衆のエネルギーが「反共」から「反政府」へ変わる前に「反日」へ巧妙にシフトさせたわけだ

韓国の統治体制を維持することは米国政府の意向でもあった
捏造が米国の国益に合致したからこそ、日本もそれに“協力”せざるを得なかったのだろう
朝日や毎日だけでなく、読売まで加担して日本を糾弾した理由はそれしか見当たらない

— 【話題】朝日新聞 ソウル発記事で22年前から女子挺身隊と慰安婦の混同に気付く「韓国民は『小学生まで慰安婦にした』と認識」の指摘も
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1408796664/ (via haruru-mr)
「アメリカでは100人に1人がウォルマートで働いていて、10人に9人がウォルマートで買い物をしている」と言われていて、売り上げ規模の3,120億ドルは、アルゼンチンやサウジアラビアのGDPを抜き(世界で22番目の国家と 同規模という意味です)、その社員数にいたっては世界で180万人(@_@;) 米国内でも114万人以上いるみたいですが、「ユニフォーム着た人数」という意味では、米陸軍よりも多いそうです。